株式会社ミライス 小野塚さんが語るUターン、起業、そしてこれから

東京の編集者生活から南魚沼市へUターン。トラクターの上でひらめいた“越後おこめぷりん”を武器に、地元の資源を磨き、等身大の挑戦を“文化”へ。地域に育てられ、今度は地域に恩返しをする物語。「新潟のお土産といえば、越後おこめぷりん」と胸を張れる日を目指して、株式会社ミライス 小野塚さんにこれまでの経緯と進捗、これからの展望をお聞きしました。

話し手:株式会社ミライス 代表取締役 小野塚大吾さん

1992年新潟県南魚沼市生まれ。幼少期から10代にかけてスキーとカメラに打ち込み、そのスキルを活かしてスキー•アウトドアメディアの編集者に。28歳の時に地元南魚沼市にUターンをして父とともに米農家を営む。現在は、自身で育てた米を使った「越後おこめぷりん」を南魚沼、新潟県の新たな特産品にするべく奮闘中。

東京での編集者生活から、南魚沼で“お土産”づくりへ

東京の会社でスキー系メディアの編集者として全国のスノーリゾートを取材してきた小野塚さん。各地の魅力と課題を見てきた目で地元に戻って驚いたのは、「胸を張って手渡したい“新潟らしいお土産”が見当たらない」ことだった。

父親の農業を継いでいた小野塚さんは同時に、日本一の南魚沼産コシヒカリに対して「主食用として優秀なお米を“加工”でもっと高付加価値化できるはず」と感じていたという。

トラクターに乗りながら考えを巡らせていたとある春の日、「南魚沼のコシヒカリ米粉でプリンを作ろう! 全国的にもあまり聞かないし、いけるかもしれない」と直感。こうして“越後おこめぷりん”のアイデアが生まれた。

Uターンの理由と地元観の変化

Uターンの決意はコロナ禍の頃。高齢の父が担っていた米作りの規模を考えると、急にやめることは地域への負担になると感じたことが大きい。

一方で、若い頃は「人間関係が近い」「遊ぶ場所が少ない」など田舎ならではの窮屈さも感じていた。しかし、東京生活や海外旅行(バックパッカーでのアジア旅など)を経て「世界は広いし、色々な人間が世の中にいる。だから人の目を過度に気にしない自分」に変わり、南魚沼を居心地の良い場所だと思えるようになった。

少年期〜挫折、そして再出発

子どもの頃は何よりも運動が好きな少年だった。小学校で野球、中学校ではバスケットボールとスキーに没頭した。

しかし高校1年のときにスキーで膝の靭帯に大怪我を負う。競技を断念し、進路の方向性を見失ってしまった。高校卒業後2年間は地元の工場で勤務した。来る日も来る日も同じ毎日を過ごした。そんななかある時「このままではいけない」と一念発起し写真の専門学校へ進学し上京、編集の仕事へとつながっていく。

「起業家」意識は後から芽生えた

南魚沼へUターンしてプリンを作り始めた時、当初は「プリンを作っているだけ」という感覚で、自分が「起業した」という自覚はなかった。「自分は起業家なんだ」とはじめて意識したのは今年(2025年)の夏。法人化を決意したタイミングだ。プリンが“おいしい”と支持され、プリンとは別の新商品取り組みでコンテストのグランプリも獲得。地域に支えてもらった実感とともに「責任」を強く意識するようになり、もっと地域や世の中に貢献したいという気持ちが強くなった。

補助金応募の裏側

実は2023年の冬に、別の支援セミナー経由の資金調達を予定していたが、締切を失念。そこで「チャレンジ支援事業補助金」に応募した。

応募から審査会までの間も、基本コンセプトや意気込みはブレなかったという。市役所での試食など手応えはありつつ、応募者が過去最多の11名から5名に絞られる状況で「五分五分」と冷静に見ていた。採択が決まったときは、率直に「安心と嬉しさ」でいっぱいだった。

最初の“繁忙の波”を越えて

同年(2024年)7月に第一弾となる笹団子味のプリンを発売。8月にプレーン、9月に塩こうじレモン味を展開した。

その年の秋は父の入院の影響で田んぼ仕事を一人で担いながら、毎日プリンを製造した。さらにリモートで続けていた東京の仕事では9月発刊の登山雑誌の編集長としての役割も重なり、「人生で最も濃密な3か月」になった。

秋に一度落ち着いた後、「越後おこめぷりん」はスキーシーズンである12〜3月の期間に観光客などを中心に販売が伸び、予想以上の売上に。反応の良さを確信した。

いまの働き方と体制

今年(2025年)4月で東京の会社の仕事を退き、南魚沼での事業に集中。天候や季節でタスクを切り替える“パッチワーク型”の働き方が性に合っているという。新たなスタッフも加わり、プリン製造の実作業は大幅に軽減。現在はおおよそ「農業5〜6割、プリン3割、新商品開発2割前後」という配分で、経営と新しい挑戦に時間を充てられるようになった。

行政や支援企業からのサポートのありがたさを実感

「これほどありがたい存在はない」と小野塚さんは言う。

まちづくり推進機構やSocialups(南魚沼市起業家育成支援事業の運営企業)などの支援で様々な企業との接点や地元顧客へのアプローチ機会が増え、戦略や思考の型といった“知的なサポート”も得られた。自分の選択に活かしたり、別局面での武器にもなると感じている。

ビジョン——“新潟のお土産=越後おこめぷりん”へ

越後おこめぷりんの目標は明確だ。3年以内に越後湯沢界隈で「お土産といえば“越後おこめぷりん”」という認識を確立、5年以内に新潟市内へ進出(拠点・店舗の展開)、10年後には新潟県全体で「新潟のお土産といえば“越後おこめぷりん”」という地位を築くのがひとつのゴールだ。「新潟に来たらこれを買おう」と思ってもらえる存在に——それが今も変わらぬビジョンだ。

南魚沼で挑戦したい人へ

南魚沼は一次産業が強く、米・日本酒・雪・川・山といった資源が豊富だ。活用の余地は「まだまだ――、むしろ無限にある」と小野塚さんは話す。

U・Iターン者の新しい視点で資源を活かす新ビジネスの可能性は十分に現実的。市や支援団体の後押しも整っており「チャンスしかない」。

地元の人にとって、身近すぎて見えていない価値は多い。県外や海外を意識的に見て、既存のビジネススキームを“南魚沼らしさ”で編集し直せば、ここにしかない事業が生まれるはずだ。

市民のみなさんへ

まずは——越後おこめぷりんを買ってください笑

いずれ「新潟を代表するプリン」に育て、越後おこぷりん発祥の地=南魚沼”と言える日を目指しますので、引き続き応援お願いいたします。

編集後記

トラクターで生まれた直感を、地域の資源と支援で形にする——その歩みは、複業×季節労働の“パッチワーク経営”としても示唆に富む。等身大で始め、責任の拡大とともに法人へ移行。南魚沼での起業のリアルがここにある。

聞き手:Socialups株式会社 常間地悟

筑波大学在学中(20歳)に最初の起業。

大学院で国際投資法を専門に研究をしながら、並行してこれまでに日亜米欧で計8社・社団の立ち上げに携わる。主にスタートアップ等の創業メンバー/CEOとして経営、資金調達等に15年超従事。同時に起業家支援もライフワークとしてきた。(現 一社つくばベンチャー協会 代表理事)

2024年にSocialupsに参画し、南魚沼市の起業家育成支援事業に従事。

                 

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